【名付け・改名の注意】


(季刊「五術」昭和60年9月号掲載文から抜粋)

佐藤六龍著




昨年でしたが、毎日新聞に「田中角栄君、支障ごもっとも ― 12歳の少年に改名認める」という記事が出ていました。

これは、十二年前に神戸在住の田中某さんが我が子に当時政界のホープと言われた田中角栄にあやかって名付けをしたものです。

ところが、田中角栄は、ロッキード事件から逮捕され、トップの座から一転して刑事被告人に落ち込み、小学校に入学した「角栄君」は近所の子どもからからかわれて、一時は登校まで渋る状態ということ。

そこで、両親は、弁護士を頼み、改名を申し立て、ようやく許可になったという次第。

新聞もはっきりと、戸籍法では「正当な理由がある場合」のみ改名を認めているが、政治家と同姓同名を理由に改名を認めたケースはきわめて珍しい ― としています。

一応、「正当な理由」としていますが、現在では99%認められていません。これは我々占術研究家はよくよく覚えておかなければならないことです。20年くらい前までは、割合この「正当な理由」という範囲がゆるかったのです。同町内に同姓同名が居住し、生活に支障をきたしたときに、その証拠の書類(主にまちがいの郵便物)を添えて出したり、神官僧侶、その他一般人と違った名を必要とする職に就いた時に改名を申し出たりして、許されたのです。しかし、今は全くこうしたことはありませんから、改名で戸籍から改めることは不可能です。

このことでもわかるように、命名は非常に大切なのです。その時のことだけを考えて、両親なり、付ける人のひとりよがりでつけると、こうした悲劇が起こるのです。

筆者は、名付けは、名相術(姓名術)の画数や音の吉凶の原則の前に、こうした常識上の大切なことを考えて付けなければいけないということをこれまで強調してきました。

特に、このように有名人にあやかりたい、先輩や仲人や社長の名の一字をもらう ― ということは、ぜったいに避けるべきなのです。

これらの人々のあやかった名というのは、付けてしまうと一生ついて回りますが、人との関係は付けた時点だけのことです。田中角栄が良い例です。

出世した勤め先の社長の名の一字を、仲人の一字を、先輩の一字をといっても、一生のその会社にいるとは限りません。時には、関係が切れてしまい、逆に悪い思い出となる場合があります。子どもの名を呼ぶたびにケンカして首になったにくい社長の名を思い出す結果になったり、娘の名を呼ぶたびに、出て行った妻のこと、息子の名を呼ぶたびに別れた亭主の事を思い出してはかなわないからです。

昔、占術家の浅野八郎氏が、これから姓名はローマ字で印刷することがあるから、ローマ字綴りにした時のことを考えてつけよ、という非常識な論を期していたのを読んだことがあります。日本人は、国語がローマ字にならない限り、いくらローマ字綴りが多くなっても、その日本字の使用度は、ローマ字とは比較にならないのですから、こうした先走った迷論に走らないように注意しなければなりません。

また、時代の流行を考えよ、という迷論もあります。これもよくよく考えないといけない問題で、流行や時代ぐらい恐ろしいものはありません。これだけ、時の流れが速いと、付けた当人しかわからないという、時代色の濃すぎる名前ができあがってしまう恐れがあります。

東京オリンピックで「東吾」、君の名はで「まちこ・はるき」― これなど、今わかる人はいないでしょう。

名前は読みやすく、覚えやすく、平凡で、響きのよい音が第一条件です。あまり奇をてらうのはよくありません。





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