手相・特別秘伝

【甲尊線のみかた】(相)


- 季刊「五術」・昭和58年6月号掲載文から抜粋 -

佐藤 六龍著




「金面玉掌」の中の「玉掌流」手相術には、その判断の根拠、原理に「奇門遁甲」が応用されています。
奇門遁甲には、三奇・六儀から成る「九干」というものがあり、







の九つをいいます。

この「九干」を掌の線とその状態にあてはめたものが、玉掌流手相術なのです。線を天盤、状態を地盤として、遁甲の原理にしたがって判断するわけです。

「九干」ですから、線は九本であり、いままでそのことに何の不思議も感じなかったのかもしれません。

しかし、奇門遁甲には「甲尊」というものがあり、「玉掌」が奇門遁甲の原理を応用したものである以上、当然「甲尊線」というもの
があってしかるべきなのです。

これがあるのです。

「甲尊線」ですから、その線によって判断する事がらは、当然、地位なり身分に関するものです。

いままで意識的に「甲尊線」について触れなかったのは、「甲尊線」がきれいに刻まれている人、線の状態のよい人が、ほとんどといってよいくらい、いないからに他なりません。

「甲尊線」自体がめずらしい、ということではありません。「甲尊線」は、だれにでも出ているほど平凡なものですが、きれいに刻ま
れている人が少ない、というだけのことです。

さて、その「甲尊線」ですが、「乙奇線」の内側、天任位(西洋流でいう金星丘)に、横一文字に刻まれる線をいいます。西洋流では
「保証線」とよばれ、生活を保証する線とされますが、「玉掌流」では、そうした見方はせず、身分と地位をつかさどる線、としてい
ます。

ただ、この「甲尊線」ですが、はっきりと刻まれている、ということが条件で、ふつうの人の場合、何本かのただの「しわ」である場
合が大部分です。それだけ、地位に恵まれる人が少ない、ということの証左でもありましょう。

「甲尊線」がはっきりと出ている場合、今度はその状態が問題となってきます。
「甲尊線」が、すっきりと一本きれいに刻まれている場合は、「甲尊線」が甲状になっている、とみます。つまり、奇門遁甲でいう
「甲甲」ですが、この場合、いずれかの分野でかならず一流となります。

「甲尊線」が弧を描いて下がり、末端で二又に分かれる場合を乙状といいます。「甲乙」ですが、いずれの分野でも高い地位につくことができます。

「甲尊線」に平行して、それを補佐するような線が出ているのを丙状とします。「甲尊線」がこうした状態になっていますと、いずれ
の分野でも目上からの引き立てが大きく、とんとん拍子で出世します。これが奇門遁甲でいう「青竜返首(甲丙)」です。

「甲尊線」が切れ切れになっている場合を庚状とします。いずれの分野においても、えらい人や目上から嫌われて、地位が転落することを意味します。奇門遁甲でいう「飛宮格(甲庚)」です。

「甲尊線」をまたいで障害線が出ている場合を辛状とします。いずれの分野においても、いろいろな障害があって、地位がなかなか上昇しません。これが奇門遁甲でいう「棍棒粉砕(甲辛)」です。

「甲尊線」においては、以上のような状態がよく出やすいものです。

「玉掌流」は、奇門遁甲の原理を応用しているだけあって、線とその状態においても、「格局」を構成しているものは、非常によく適
中します。

「甲尊線」が丙状になっていればすばらしく発展しますし、きれぎれの庚状になっている場合などは、むしろ「甲尊線」が出ていない
方がいいとさえいえます。

以上が「甲尊線」とその状態による判断ですが、「甲尊線」が最もよく作用するのは「木型」の手型である、ということも憶えておく
とよいでしょう。「木型」の手型というのは、指の節々の大きい手型のことです。「木型」の手における「甲尊線」は、ちょっとした
吉相をしていても大吉の相になり、いずれの世界においても、高い地位に長期にわたってついていられるようになります。

最後に、「甲尊線」と「記号」の組合せについても触れておきましょう。この場合、「甲尊線」ですから、「記号」も当然、天任位に
あることになります。

「記号」には、奇門遁甲の「八門」が割り当てられ、線の上や線にそってあらわれたり、丘位にあらわれたりする、細かい線でできた
形のことをいいます。

「甲尊線」にとって、もっとも好ましいのは「開号」とよばれる「記号」で、その他は、いずれも何らかの問題があります。

「開号」とは、細かい線が集まって、正方形または正方形をつくる「記号」です。

天任位に「開号」がありますと、富貴双全の相となります。富と地位を二つながらにして手にすることができますし、人望も高まり、
非常に楽しい人生を過ごすことができるようになります。









手相図