【バカを上回るのは「運」!】

佐藤六龍著

(季刊「五術」平成23年12月号掲載文から抜粋)




きつい言葉で失礼!しかし本当です。この「運」は、占術の運もそれ以外のツキのような運もすべて含めて言います。

政治家の野田・前原は、松下政経塾の出だそうです。その政経塾で、松下幸之助が必ず塾生に聞くことに、次の言があるそうです。
「あなたは、運があるか? あなたは情があるか?」

実に松下としてはバカなことを聞くものだと私は考えています。五術家以外は、自己の運の有無などわからないのが常識。わからないからこそ悪戦苦闘しているのです。聞く松下はバカでも、真理はあります。運というのは、重大なものです。ただ、誰でも運の実体も有無もわからないだけなのです。この運が、実にわかりよい実例があるのです。

それは、テレビの「開運!なんでも鑑定団」です。これを観ますと、運が、世の中や世の中の人にはある、ということがはっきりします。

ある時、中京在住の中老の紳士が出場しました。古田織部(昔の茶人)の焼物で、自称500万、と自信たっぷりに公開しました。職業は七宝焼と金の販売業(つまりー種の美術商)とのこと。鑑定結果は、あの中島誠之助が「2,000円!実に粗悪な焼物!」の一言。

紳助(まだ出演中だった頃)は、その紳士にあれこれ問いただしていました。マンションを二棟所有し、何十年と商売をやっているとのこと。紳助は二度も、「あなたの商売は本物ですか?売っているものは大丈夫ですか?」と問いただしていました。そうでしょう。七宝焼と金の販売を長年やってマンションを二棟も建てた人が、500万と2,000円の区別のつかない焼物を出品したのですから…。会場は物笑いでおわりましたが、私はさとったのです。


運だ!運が物を言っているのだ!
運があり、運が強いから、こんな程度(500万と2,000円の焼物の区別がつかない)の知識でも、充分に商売ができ、財が貯められたのだ、と。

二年ぐらい前です。地方の表具師が浮世絵を出しました。「印刷です!」の結果。ここです。運というのは。表具師ですから絵の中身がどうこうは関係なし、と言えばそれまでですが、表具師が、真刷りか印刷かの区別がつかなくても、日本でちゃんと商売がやっていられるというのは、運以外の何ものでもありません。

11月でした。世界をまたにかけて商売をやってます!と豪語している50代の女性が出ました。中国北京で100万で見つけたという明代のツボの出品です。「近代のお土産品で2,000円!もし明代のこうしたツボがあったら何億です!」との中島誠之助の苦笑い。

何の仕事かは知りませんが、世界をまたにかけての商売という人が、いくら骨董品に明るくないと言っても、明代のツボが北京に売っていると思う非常識さ、バカさ、なのです。
つまり、バカや非常識さを上まわる、この人の運の強さが物を言っているのです。

しかし、ここで注意しなくてはならないのは、各人の職業です。いくら運が強くても、運があっても、前述のように、うまく行かない職業もあるのです。街の魚屋です。八百屋です。前述の七宝焼屋や表具師と違い、商売物の真偽がものを言うのです。

養殖の鯛と、荒海の鯛の区別がつかなければ、明日から店を閉めなければなりません。
中国産・台湾産・日本産の枝豆の区別がつかなければ八百屋はやっていけません。いくら運が強くても、これはダメなのです。

ちなみに居酒屋の枝豆は、280円が中国産、350円が台湾産、日本産は500円以上もらわなければ赤字だそうです。

こうしてみますと、職業も行動もあらゆる事が、運に左右されていることに納得がいかれると思います。

五術の命術で、若い人が職業を選択する時に、十二分に考えなければならない点です。
もちろんすベて「運に左右される」とは断言できませんが、その中でも前述のように、比較的、運の影響を受ける職業・作用の薄い職業、という認識が大切です。

かつて、九月の猛暑が続いている時でした。連日、一時間おきにテレビでは、「水を飲め!熱中症に気をつけよ!」を連呼をしていました。

それから数日たっての事。日本全国の小学校20余校で10人以上の熱中症が出て、入院したというニュース。10月にやる運動会の練習をやっての熱中症。ある学校は35度の猛暑に日中の12時半からの練習という非常識さ。

これが二校や三校でなく、27校とかいう多さです。一国の大臣の外国訪問なら、そんなに簡単に取り止めはできないのは常識。しかし小学校で、たかが10月の運動会の模擬練習、しかも、35度の猛暑。「止めた!涼しくなってからやる!」ができないはずはありません。まして、生徒の健康のためです。

つまり、校長なり教頭なりが、バカ・非常識なのです。試験に受かれば校長になれる、しかし、猛暑でも練習をやるというバカ・非常識さが、校長・教頭なのです。運があるから試験に合格して校長になれたのか、運に関係なく合格できたのかは不明です。ただ、27校もの多数の学校で熱中症を出した校長は、バカ・非常識は明らかです。

やはり鑑定団です。これまた校長です。校長をやっていた祖父の掛け軸で、西郷南州の書。「偽物です。南州の署名が何度もなぞられています。署名は一気に書くもので、なぞったりするものではありません。」の一言。

本物偽物はわからなくても、署名をなぞったかどうかくらいは、校長ともあろう人がわからないとは、なんとも不思議。昭和二年生まれの私は、担任の女教師が産休の時、校長が代講で何ヶ月か教わりました。体育も図画も音楽もすべて校長です。ちゃんとオルガンもひきました。書道の時間でした。私は自己の署名をなぞったのです。それを校長は「自分の姓名などは上手下手は別として、一気に書け、ペンキ屋(決して差別用語のつもりではない)じゃないのだから!と、頭を筆でなぐられたのを今も覚えています。

私の教わった校長と偽物掛け軸の校長との違いは何でしょう。
校長の質が問われる時代のようです。
 
私のような老人は、常識、非常識の区別がなくなった現代に違和感をおぼえます。




ribon













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